’01.6.16

久しぶりに雨が上がりました。今週千葉はよく雨が降り気温も低め、昼間からゲージの中で寝たり、はたまた思いを巡らしたりする時間が多くありました。そんな中で、こうやってじっとゲージの中にいることにいささかの疑問を感じたのであります。

前にもこんな思いをしたことがあるんですが、わたしの犬生ってこのままでいいんだろうかと。ネット仲間の同じラブちゃんで、セラピー・ドッグの資格を取るために訓練に旅だったワンちゃんがいます。
介助犬や盲導犬など役務犬として働いている仲間は、きっと素晴らしい犬としての生きがいを感じていることでしょう。やはり犬として生まれた以上は、犬として役に立っているんだと言う意識がないと、生きていくことに張り合いが無いように思うのです。
セラピー・ドッグに向けて旅だった仲間は、やはりご主人の理解があってできることで自分でできることではありません。そう思うとわたしの主人は、そんな犬の生きがいに理解を持っているようでも無さそうで、このままつまらない犬生を送ってしまいそうです。・・・しかし、考えようによっては・・・。

主人は花見川を回ってくる4Kmのわたしとの散歩が50分もかかるけど、もう少し早く回れないかと時計とにらめっこしている。これってだれのための散歩なのかしら。ひょっとしてわたしは主人の散歩のお手伝いをしているんじゃ〜ないのかしら。
主人やお母さんが、わたしとボール遊びや宅急便遊びをして喜んでいるけれど、これってわたしを楽しませるためだけかしら。ご主人達も、わたしにかまうことで楽しんでいるんじゃ〜ないのかしら。気持が和んでいるんじゃ〜ないのかしら。これってわたしの・・・仕事ですよね。

「ラム、久しぶりに雨も止んで散歩に行こうか」 そら、わたしの仕事が始まったわ。これはわたしの運動でもあり主人のための散歩なんですよね。
「久しぶりの散歩、やっぱり気持が良いな〜。ラム、ありがとうよ」 そうでしょう、そうでしょう、そう言ってくれるとわたしも役に立っているんだという実感が持てるんです。
わたしは我が家の役務犬なのです!。皆さん、いや普通に暮らしてるワンちゃん、自信を持ってそれぞれの犬生を送ろうじゃ〜あ〜りませんか。わたし達は家庭での立派な役務犬ですもの!。