ラムと暮していて反省させられることがいくつもあります。人間は人との付き合いでチョットした不愉快な事を「根」にもってその人と対峙することがありますが、私はそれに近い感情を持ってラムに接したとき、ラムがあまりにも過去のことを気にせず私に接してくれたとき、ああなんて私は恥ずかしいと思ったことでしょう。

「来い」というコマンドをラムに教えていたとき、いかにもバカにするような態度で向こうのほうへ駆け出して行ったことがあります。人間の出来てない私なんぞは、バカにされたと思ってカーとなり、むきになってラムを追っかけるとなお一層逃げて行きました。

後はただただバカにされたという思いで、ラムを叱りつけた事がありました。叱られたラムもいい気はしてないはずです。そんな気まずい思いを持ちながら、ちょっと後にラムに接したとき、ラムはいつものように尾っぽを振って、何も無かったかのように私に向かってくれます。それは何の悪気も屈託もありません。こだわっているのは私の方でした。

ワンちゃんには過去の記憶が、どう言う形で次の行動に出るかは定かではありません。そそうをしたときや良くない行動をするときは、その最中に教えてやらないとワンちゃんは理解できないと言われます。それはワンちゃんの記憶が数分しか残らないからだとも言われますが、間違いでしょう。記憶は確かに残ります。後からでは何を言われているか、理解できないだけの事だと思います。

しかし、人間が考えるような過去の記憶は、物理的に過去が再現できる場合は別として、感情的な過去の記憶がラムの行動に出た事はありません。日々新た、いや刻々新たな気持ちで私達に接してくれているように思われます。今に生きている動物、今に生きている生き物と思うと、やたらおろそかな付き合いは出来ないなと思います。