「犬畜生に劣る」、最近の新聞、テレビで報道される幼児虐待、幼児殺しを見聞きするたびにこの言葉を思い出します。
畜生を辞書(三省堂 国語辞典)で引くと「うまれつき おろかで ほかのものに養われるもの。動物。」とあります。犬と畜生を同義語として二つ並べて使われたものでしょうがワンちゃんにとってはとんだ迷惑な言葉ですし、最近はワンちゃんの品性も高くなったのであまり聞くことは有りません。
この言葉で、私は黒沢 明監督の'65の作品「赤ひげ」の1シーンが強烈に思い出されます。

「赤ひげ」は山本周五郎原作の映画化で、黒沢監督が私の映画の集大成というほど中身の濃い映画でした。このセリフがでるそのシーンは、オランダ医学を修めたばかりの保本 登が、初めて患者の死に直面するところから始まります。学問所を出て赴任を命じられた小石川養生所は庶民を対象にした今で言う総合病院で、身分も気位も高い保本は嫌で嫌で出て行きたくて仕方有りません。
そのことを百も承知の院長である新出 去定は、保本も知らなかった蒔絵師六助の病名を言い当て、そのガンに冒された六助の死を見取るよう保本に命じます。1人になった保本は、苦しみながら死んでいく六助の壮絶な死に、正視できず腰を抜かして驚きます。
問題のセリフは、六助の娘おくにが亭主の言い付けで六助に金の無心をするため子供と一緒に養生所を訪ね、六助の死を知って亭主とのことを泣きながら腹の底から絞り出して言った時のセリフです。

新出 去定は、保本をそばにおいて、おくにに尋ねます。
「六助は口には出さないが、いつも深い苦しみを抱えていたようだったが・・・」
「・・・今の亭主は・・それはひどい男です。おっかさんと駆け落ちをしたあげく・・わたしまで・・そしてそのわたしはその男の子供までつくって・・・わたしは犬畜生にも劣る人間です・・。」
「もういい、それ以上いうな」
「それで・・・おとっつあんは安らかに死んでいったんでしょうね・・」
「そうだ、何の苦しみも無く安らかに死んでいったぞ」
「そうでなくっちゃ、そうでなくっちゃ・・・」
保本は新出 去定の顔をしみじみとみて、去定の人柄に感服するのです。その後保本は去定の人間性に傾倒し最後には小石川養生所で働くことになるというものです。上の去定とおくにのセリフは映画の台本を正確に著わしているか心配ですが、六助、おくにを演じた藤原 釜足、根岸 明美の演技は今でも忘れられません。

幼児虐待や幼児殺しを見聞きするとライオンの子殺しを連想し、目が合って喧嘩の挙句殴ったり殺したりは正に畜生そのものと言われても弁解できません。
「そんな事をすると畜生にも劣るぞ」と言われて、そこまで言われて素直に恥ずかしい思った時代の方が、今よりもずっとましな時代だったのでしょうか。悲しいことです。