’21.5.28
日本国の財政破綻状態が言われて長い。その中身の解説も何度もあった。忘れないようにまた上げてみる。日経の「大機小機」のコラムから。

日本の財政は将棋に例えるとすでに詰んでいる、とみている。換言すれば、民主主義のシステムに基づいて、増税や歳出削減では財政バランスを取り戻すのは、もはや無理なところまで来ているのではないか。
しかし、どのようなメカニズムで財政破綻が発生するのか、その仕組みをイメージすることは難しい。そこで財政赤字のファイナンスが困難になる時点を決める要因は何かを考えてみたい。

日銀がゼロ金利を維持する限り、政府の借り入れコストはゼロである。仮に国債の市中消化ができなくなっても、日銀がゼロ金利で無制限に国債を購入すれば、財政赤字ファイナンスの問題は表面化しない。
しかし日本の財政を政府だけで見ると判断を誤る。政府と日銀を統合したバランスシートで見てみよう。

政府赤字の相当部分は、日銀が発行する銀行券(お札)と民間銀行が持つ日銀当座預金に置き換えられてファイナンスされている。銀行券の大部分は我々が現金として持っており、日銀当座預金は民間銀行が日銀にお金を預ける形で、われわれの預金の裏付けになている。

将来、日銀が物価上昇を抑えるため短期市場金利を引き上げようとすると、日銀当座預金に利息を払う必要がある。例えば、市場金利を2%上げようとすれば、日銀当座預金に対して利息を2%つけなければならず、年10兆円もの利払い負担になる。
しかし、日銀が持っているのはゼロ金利の国債ばかりなので、利息を払うお金がない。日銀は新たに借用証書を書き、利息を払い続けるという典型的な多重債務者と同じになる。こうした状況が何年か続けば、日本のお金を持ちたいと思う人は減っていく。
政府はゼロ金利の長期国債で借りているので、当面利払いは出てこないが、日銀に借金を押しつけて金利も払わせていることになる。

日銀はどこかの時点で信用を無くし、現預金から不動産、外貨、金などへのシフトが発生するだろう。どの時点で信用を無くすかについては、誰にもわからない。それを決めるのはわれわれ国民だ。
国民が日銀券や民間銀行の預金を安心して持ち続ける限り問題は表面化かしない。しかし国民が愛想を尽かすときには日銀の信用は崩壊する。

これがコラムの内容だ。日本を生かすも殺すも国民だという理屈は、この国に住んでいる限りは仕方ないにしても何だか無責任な感じがする。そのリーダも国民が選んでいるとなると、どう考えたらいいのか。
国力とは、その源は所詮そんなものと思うしかないのか。

余談だがCIAが1975年に考案した「国力方程式」では、国力=(人口・領土+経済力+軍事力)X(戦略目的+国家思想)と定義されている。