’21.9.9
9.11が近づいてきた、2001.9.11の米同時テロの悪夢だ。
おりしも8.31をもって20年間続いた米軍のアフガン撤退、アメリカの敗退と報じられている。9.11の首謀者をかくまったとされるタリバンがアフガンを統治することになれば、アメリカはますます「疑い深い」国になり「お節介外交」は終わってしまうのか。
この2、3日の新聞記事の言葉を引用しながら9.11後の20年を考えてみる。

スーパーパワーを得た怒れる個人
ジャーナリストのトーマス・フリードマン氏の言葉で、個人はテロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンのことだ。グローバル社会では「スーパーパワーを得た怒れる個人」が台頭する危険性を指摘した。
98年夏、アルカイダがタンザニアとケニアの米国大使館を爆破し、当時のクリントン政権は報復でアフガニスタンに巡航ミサイル70発以上を発射した。個人に対してスーパーパワーの米国がミサイルを発射する史上初の構図だ。
怒れる個人の懸念は3年後、同時テロという形で現実のものとなった。

「民族としてのアイデンティティー」と「グローバル化」
この新旧2つのシステムが絡み合い、共存する世界がくると予想した。トライバル(民族的)な欲求とグローバル秩序が均衡を保っていく世界だ。
その例が、中国は香港で引き締めを強めているが台湾には進行していない。トライバルな欲求をグローバル秩序が抑え込むことに成功しているからだ。
人類には他者と協力したいという欲求と、対立を好むトライバルな側面という2つの矛盾した本能があり、残念ながらトライバルな本能の方が強い。が、共存の希望は捨ててはいない。

米国本土を直接攻撃対象とする発想の原点は湾岸戦争にあった。そういうのは、政治学者の酒井啓子氏だ。米国のサウジアラビア駐留に反対する人々が自国で反政府活動を展開し、厳罰と国外追放に処される。
すると、自分たちが疎外されるのは米国という超大国が世界に君臨するからだと考えるようになる。9.11の首謀者だったビンラディンとその組織アルカイダは、イスラム世界は欧米による迫害の犠牲者であり、犠牲者を救わなければならないと考えた。こうして祖国を離れたブローバルな武闘派ネットワークが確立し米国をテロに巻き込んだ。

一方、米国は同時テロ直後、「平和の実現には中東の民主化が必要」と訴えた。当時のブッシュ政権は、テロへの加担を疑いイラクやアフガニスタンに派兵・進駐し、政治や社会機構を根本から変えようとした。
だが、こうした民主主義の伝道者たろうとする態度は米国の対外政策では極めて異例だ。
米国にとって重要なのは中東地域が安定することによる「テロの脅威の排除」であり、「民主主義国家の建設」ではなかった。バイデン大統領はアフガン撤兵理由についてこう述べている。
「我々はアフガンに国家建設に行ったのではない。自分たちの将来や国のあり方を決めるのはひとえにアフガン国民の責任である」

アメリカはどう考えているのだろうか。歴代大統領の考え次第でアメリカは変遷するが私は信じたい。1962年のキューバ危機後にケネディ大統領が提唱した米ソの共存共栄である。当時の演説でケネディ氏はこう訴えれいる。
「私たちの求める平和はどんなものか。軍事力によって世界に強制的にもたらされるパクス・アメリカーナではない」

パクス・アメリカーナ: アメリカの圧倒的な軍事力・経済力・政治力によって平和が維持されている状態。第二次世界大戦後から1960年代までを指すことが多い。